断薬後に被害者活動は必要?……「いつまでそこに居ますか?」
こんにちは。カウンセラーのふーみんこと工藤史惠です。
過去、何度も
「医者に騙されたので訴えたい」
「被害者の会みたいなのはありますか?」
というご連絡をいただいています。
が、私はそういうものを全てお断りして来ましたし、今後ともお断りいたし続けます。
なので、それは何故なのかということで、今回は、多くの人が断薬後に行っているように見える、被害者活動について私の思うところを書かせていただきますね。
精神薬を断薬しようと決めたとき、ほとんどの人が、
「精神薬ってそんなに悪いものだったのか」
「長いあいだ信じていたのに裏切られた」
という気持ちになります。
私もなりました。
そういう気持ちが強いときは、そういうことを強く発信している人を見ると安心するので、そちらに寄っていきますよね。
これも私もそうでした。
自分一人じゃなかった、仲間がいるんだと喜び、
「ここで自分も「被害者だ!」と大きな声を上げて、今後、精神薬被害をなくす世の中にしよう!」
くらいの意気込みまで持ってしまいます。
でも……私は結局、被害者活動を一度もしたことはありませんでした。
あ、セミナー等で、私の断薬体験をお話させていただいたことはありますよ。
でもそれは、「私は被害者です」と発信することを望んでいたわけではなくて、
「薬はこんなに危険なものだし、やめるのも大変なものなので、今まで飲んだことのない人は絶対に飲まないでくださいね。ご家族にも絶対に飲ませないでくださいね」
という注意喚起をしたくて、私の体験をお話をさせていただいているのです。
被害者活動されているかたを見ると、時に、羨ましいなと思うことはありますよ。
同じように苦しい断薬を乗り越えた仲間がそこにいるので、お互いに大変だったねって、体験者しかわからないことを分かち合えるし。
そういう団体に属して、被害者として大きな声を上げた人の方が、書籍なんかも売れちゃったりしてね。
そこでは英雄扱いされちゃったりしてね。
いいな~とは思うんです。
そんなのを見れば、私もそういうのに属して活動した方が、クライアントも増えるかもしれないしね(笑)
でも、私はそこに行く選択を一度もしませんでした。
なぜなら、私には色々な強い思いがあるからです。
あなたはなぜ断薬をしたのですか?
そもそも、あなたはなぜ断薬を決意したのですか?
カウンセリングのときも必ず「なんで断薬したいの?」「なんで断薬したの?」と聞きますが、ほとんどの人が
「健康な身体を取り戻して、普通に仕事してお金稼いで、普通に生きたい」
と答えられます。
だよねぇ?
普通に生きたいから断薬したんですよね?
で、苦しい思いをして断薬した途端、被害者活動って……。
よく考えてください。
被害者活動するって、普通に生きることですか?
なぜ、いつまでも被害者意識を持ち、弱者で居続けるのですか?
私は、心の病を発症する人、薬漬けになってしまう人は、病気になる必要があってなっていると語っています。
病気になる必要とは……
もう自分のツラさに気づかないフリをして我慢して生きるのも限界になったとき、「苦しいよ」「哀しいよ」「ツラいよ」というのを周りに理解してもらうため、「こんな風に病気になるまで自分は頑張ったんだ。もう限界なんです」と表現するため
に、心の病になり、長い間薬漬けになってしまうのです。
本当はね。
もうここで一度、被害者意識を持ち、弱者になることを選択しているわけですよ。
そこから抜け出そうと、断薬を決意して頑張って実行したのだから、もうそこに居る必要はないんじゃないですか?
支援者とかって何の? よくわからない
私は参加したことがないのでよくわかりませんが、なんかそういう集まりでは、『支援者』とか『家族』とか、そして『当事者』とかで分類されるらしいことを聞きます(間違っていたらごめんね^^;)。
なんでいちいちそんな風にわける必要があるんだろう?
いや、確かに『薬害』に遭ったという意味では私も当事者です。
それに関しては、私も公の場でそう言っています。
でも、自分で説明するときにはそう言うけれど、他人に『当事者』とか言われるのも良くわからないし、そもそも『支援者』って何なんだろう?
本当に皆がみんな、そこに参加している人たちは、支援してもらわないといけない人なの?
なんか意味がわからないのです。
なんでいつまでも、そんな風に色分けされる世界にいなきゃいけないんですか?
『普通』という意味を考えたことがありますか?
前述の通り、うちに相談に来られる人に断薬したい理由を聞くと、ほとんどの人が「普通に戻りたい。普通に生活したい」と言います。
『普通』って何でしょうか?
一言で普通と言っても、その人にとっての普通は色々な意味合いがあるのかもしれません。
私は他人から見た普通が欲しかったので、私の普通の基準は『月~金、9時~5時』でした。
普通の人が普通にしている『月~金、9時~5時』、仕事のできる体力を取り戻したかったんです。
なので、まずはリハビリとして『月~金、9時~5時』働けるようになろうと会社に入りました。
でも、被害者活動をしている人たちって、働いていない人も多いですよね。
それって、いつまで経っても普通じゃないってことですよ?
普通になる努力をせず、被害者として戦うことを頑張るって……。
努力する方向を間違っていませんか?
『そもそも心の病は存在しない』。それがちゃんと理解できたら被害者でいる選択肢はない
うちのカウンセリングでは、まず心の病のメカニズムや精神病院や精神薬がどういったものかというところから学んでいただきます。
そのためにわざわざ初回にセッションの時間を設けているくらいです。
その時に必ず
「心の病は存在しない。自分が苦しんだのは病的な症状のみ。その症状が何で起きたのか理解しようともせず、薬で黙らせようとしてしまったために間違った道を進んでしまったのだ」
ということを理解していただくようお話をします。
これがきちんと理解できればね。
色々な自分の選択が間違いだったのだということに気づきます。
確かに、信じていた病院の医師に
「この薬は心配ない」
「あなたは病気なのだから薬を飲まないと治らない」
「薬をやめたらもっと悪化しますよ」
なんていう嘘を並べ立てられました。
それに関しては、精神科の医師のせいだという気持ちがわいても不思議ではありません。
でも……本当に思いがけない強制入院させられた人以外は、自分の足で病院に行ったのですよね?
(未成年のときに親御さんに病院に連れて行かれたなどの例もありますが、ここではあまり細かく分類できないのでご了承ください)
そして、誰かに自分の口を大きく開かれて無理やり薬を飲まされたのではないのに、長い年月、自分の意思で薬を飲み続けたんですよね?
薬漬けになってしまったら、「体調が悪い」と他の約束は年中キャンセルし、仕事すら無断欠勤したとしても、病院の予約だけは絶対に守ってせっせと通い続けていましたよね?
あなたと同じ状態になっても、病院に行かない人もいますし、行っても飲んでみた薬が何かおかしいと気づき病院に行くことをやめ、薬漬けにならなかった人もいるんです。
ということは、今の結果は自分の間違った選択のせいではありませんか?
私だって、医師に「この薬には依存性がない」「薬をやめたら仕事もできなくなるよ」などと言われ続けて来たので、そういった意味では騙されたのかもしれません。
でも、100%被害者ではないのですよ。
自分の選択が間違いだったんだと気づかず、いつまでも「騙された」と被害者意識ばかりを持っていたら、また何かが起きたとき、また何かのせいにしてしまうのです。
自分で起こしたことは、自分でケツを拭かなきゃいけないんです。
それが大人のやることです。
以前、「強制入院させられた自分こそ被害者なのだ」と声を大にして言っている人と会ったことがあります。
私はその人の話を聞いたときですら、100%の被害者ではないと思いました。
もちろん、強制的に入院させられ隔離されたことや、自分では病気ではないと思っているのに病人認定され、薬を飲めと強制させられたことに関しては被害者です。
でも、なぜ強制入院させられたのでしょうか?
そこまでの道のりに何かあるはずです。
どうしてそんな事態になったのかを全く見つめず、精神病院ばかりを敵対視しても、問題の解決にはならなりません。
強制入院させられた背景には、間違いなく家族問題が隠れています。
本当の問題に目を向けたくないから、違うものに対して敵対視しているのではありませんか?
せっかく精神科から抜け出したのだから、もうそこに居たことなんか忘れてしまおうよ
うちのクライアントさんたちには、
「断薬できたら、もう自分が精神科に通っていた人間だということすら忘れて生活して欲しい」
と話します。
もちろん、身体のケアは忘れてはいけないので、薬を飲み続けて自分の身体を痛めつけてしまったんだということは忘れないでと言います。
でも、「普通の生活に戻りたい」と願って、苦しい思いをして断薬したんです。
やっと薬とオサラバしたのですから、もう精神科のことなんて忘れて普通の生活に戻ってくださいよ。
薬を飲んだことのない人は、「自分は被害者だ!」と何かと戦うことはありません。
医師を訴えようとかも思いません。
裁判なんて本当に面倒なことだし、そんなゴタゴタ起こしたいと思って生活をしている人なんていないですよね。
それが、望んでいた『普通の生活』なのではないですか?
同士のはずが傷つけ合ったり争ったりなんて、本末転倒もいいところ
複数の人間が集まったら、必ず問題はおきます。
考え方や意見の食い違いも出てくるでしょう。
私はそういった会に参加したことがないので
(なんだか、そういうのを立ち上げる的な連絡会みたいなものに一度参加しましたが、やっぱり合わないと悟ったので一度で行くのはやめました)
細かいことは、どんなことが起きているのかわかりません。
でも、その中で揉め事が起きたりしているというようなことは、多少耳に入ってきます。
そんな……
自分に一銭の得にもならないことで心を痛めるより、そんなんだったら、一日も早く社会に出て、社会生活に慣れるために人に揉まれた方がよほど建設的ではないですか?
もう既にかなり時間を無駄にして来たのに、いつまで無駄にし続けるの?
私のところに相談にいらしてくださったかたも、そうでないかたも、そして私も……。
精神病院や心療内科に行き、薬を飲み始めてから、断薬するまでってそんなに短い時間ではありませんよね。
長い人は10年、20年なんていう人もいます。
何年も引きこもりをして社会から離れていた人や、中には40代半ばで一度も働いたことがない人もいました。
私も断続的にですが10年間、薬を飲んでいました。
と言っても、本当に動けなかったのは減断薬期を入れても1年くらいでしょうか。
でも、薬を飲んでいたときの自分は自分ではありませんでしたからね。
いつもいつも泣いていてね。
すぐに死にたくなっちゃってね(笑)
今の私からは想像もできないような生活をしていました。
なので、断薬してから冷静に振り返ってみたら、元気で動けていた頃の知り合いに随分と水をあけられていたことにも気づいて……。
その時に思ったんです。
「なんでもっと早く気づかなかったんだろう。私はどれだけ時間を無駄にしたんだろう」
ってね。
クライアントさんたちも同じです。
失った時間を取り戻すように、皆さん、頑張られています。
薬漬けの間に、もう十分、時間は無駄にしました。
苦しい思いをしてせっかく断薬できたのだから、一日も社会復帰して普通に生きませんか?
もしかして明日車に轢かれちゃうかもしれないんですよ。
とっとと幸せにならなきゃもったいなくないですか?
もうそんなに無駄にはできませんよ?
そこにいる限り、体調は良くならない
人間は無意識に自分の望みを叶えようとします。
休みたいなぁと願うと、知らないうちに病気を作り出します。
なので、被害者・弱者としての自分を必要とされている場所にいる限り、身体の不調は治りません。
平日は元気に働いて、土日にそういう活動をする……なんていうのはまず無理です。
家族も幸せになりません。
問題解決してしまって、明るく笑っていたら、被害者家族ではなくなってしまうからです。
体調が良くなろうとすると、今度は後遺症にしがみつこうとします。
そしていつまでもいつまでも、「体調が悪くて働けない」という状態を作り出すのです。
反対に、少しでも早く普通の生活に戻ろうとする人たちを見ていると、最初は体調の悪さばかり主張していたのに、いつの間にか、
「まだ症状は多少残っているけど、そんなものかなと思ってきたし、もう気になりません」
と言うように変化します。
そして驚くほどのスピードでどんどん回復し、行動力も出ます。
人間は自分の生きたい方向に進んで行くんです。
思い出してください。
断薬を決意したときに思い描いた方向ってどこでしたか?
それでもそれが幸せなのだと思うのであればやればいい
色々と書いて来ましたが、被害者活動をやっていることが幸せだと感じるのであれば、やり続ければいいと思います。
別に止めようとは思っていないんですね。
やりたい人、生きがいを感じる人はやればいいと思います。
私が願っていることは、ただ「時間を無駄にしないで」って思っているだけ。
そこに行かなきゃいけないってことじゃないことに気づいて欲しいだけなんです。
そう。
それが幸せならやり続ければいい。
でも……
それがあなたの本当の幸せですか?
うちのカウンセリングを卒業した人は誰もそういう活動をしていません
私は「薬をやめて普通の生活がしたいんです」という人に、一日でも早く普通の生活に戻ってもらいたいと本気で願っています。
そして、長年薬漬けになっていて恋愛や結婚できなかった人には、一日も早く素敵なパートナーを見つけて、素敵な笑顔を見せてもらいたいと心から思っています。
だから、うちのクライアントさんたちには、被害者活動を進めていませんし、「訴えたいんです」というようなご相談は一切お断りさせていただいています。
そんな話を聞く私の時間ももったいないし、私を相談者として選んでくれた人にそんな時間のもったいないことをしてほしくないのです。
以前、元クライアントさんから
「被害者の会に行ったら、なんだかまた具合が悪くなってしまいました」
という連絡をもらいました。
私は一言
「なんであなたは卒業したはずなのに、そんなところに行ったの?
もう、あなたはそんなところに行く必要はないでしょ?」
というお話をしました。
以降、そういったところに行っているのかどうか定かなことはわかりませんが、他の用件で時々連絡をもらうので、もうそんなことも忘れて、完全社会復帰されていると思います。
それでいいんです。
いや、それがいいんです。
数年前までは、当時の私の断薬カウンセリングは今のようにきちんとセッションを行っていなかったったので、一度しかカウンセリングを受けられていない方の中には、まだ被害者意識の方が強いかなと思われる人も見受けられます。
(内心、もう一度カウンセリングに来てくれないかな~と思いながら見ているのだけれど、当人がまだそこに居ることに満足しているから無理だろうなぁ^^;)
でも、きちんと自分が落とし込めるまで、複数回、カウンセリングを受けて下さってメンタルトレーニングされたクライアントさんの中で、「自分は被害者だ」といつまでも強く訴えている人は一人もいません。
なぜなら、全員が、きちんと
「自分は病気ではなかった。
自分の選択したことが間違いだったのだ。
今まで起きた問題は、自分の捉え方で全て解決できる。
何かに依存するのではなく、自分の面倒はきちんと自分で見る。」
ということに気づいて卒業されて行くので、もうそんなところに居る必要もなければ、そんな時間もないんです。
そう。
自分の幸せを追い求めるのに忙しいですからね^^
今回の記事は、私の色々な強い思いがあるので、今までで一番長かったかな?という長さになってしまいました^^;
私は、こんなに長文になってしまうほどの思いを持って、クライアントさんたちのお話を聞き、真剣に向き合っています。
私はどのクライアントさんに向けても監督のような気持ちになるので、甘くはありません。
同士として傷の舐め合いもしません。
薬に依存してしまったということはそもそもが依存体質なので、私にも依存しないようにするのがトレーニングのひとつでもあるため、甘くないどころか、とても厳しいことを言うときもあります。
それでもそれは、どのクライアントさんにも本当に精神科と決別して幸せになってもらいたいからです。
失った時間は戻りません。
でも、もうこの先の時間を失わない選択は自分でできます。
いつまでも傷を舐め合う仲間は必要ありません。
仲間を求めるのであれば、精神科にも行ったことがない、精神薬なんかも飲んだことのない、普通のことを普通に楽しめる仲間を作ってください。
そしてその仲間たちが、いつか何かで大きく落ち込むようなことが起きて、「病院に行こうと思うんだ」なんていうことを言っているのを聞いたら、その時に「精神科や薬は絶対に良くないよ!」とアドバイスし、相談相手になってあげてください。
本当に精神科を潰すために必要なのは、被害者として裁判で勝つことではありません。
世の中、精神科や精神薬を必要とする人間がいなくなればいいのです。
そうするためには、心の病や薬について、きちんと理解しなければなりません。
そのためにきちんとしたことを学んでください。
そして、今まで散々自分の身体と心を痛めつけて来てしまったことを十分に反省し、これからは今までの分も十分大切にして、本当の幸せを掴み、周囲の人も幸せにしてあげてください。
私はこのような信念でご相談をお伺いしています。
今、その場から早く抜け出したい、本当に幸せになりたいと思う人は、どうぞご相談ください。
一日も早く精神科や精神薬から離れ、本当の幸せを掴みましょう。
そして、皆で、精神科が必要ない、笑顔の耐えない世の中を作りましょう。
あなたなら必ずできます。
できるはずです。
私はそう信じています。
・精神薬をやめたけど体調が戻らない!
・社会復帰したい!
・なんで苦しいのかわからない!
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